世界の起業家を惹きつける、欧州のシリコンバレー、エストニアのエコシステム 第2話(全2話)
エストニアにおけるスタートアップの特徴とトレンド
ー スタートアップが生まれやすい環境だとよくわかりました。現在のエストニアのスタートアップのトレンドを教えてください。
【Oliver氏】エストニアのスタートアップ企業は、テクノロジーによって社会の実務的/実用的な問題を解決する特徴があると思います。例えば、会社で働く中で見つけた課題は、他の会社でも似たような困りごとがあるのではないかと考え、自分で会社を設立し、グローバルな目線でソリューションを見つけようとします。
エストニア国内のマーケットは極めて小さい。そのため、スタートアップ企業は、最初から世界に目を向け、グローバルレベルでの、共通の課題に対するソリューションの提供が前提と考えています。
取り組むテーマは、IoT・AI・ビッグデータ・サイバーセキュリティなどのテクノロジーを用いたソリューションやサービスが多く見られます。いずれも、実務的な課題の解決を狙う特徴があります。
─ 世界中の共通の課題に環境問題があります。昨今話題のカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーへのソリューションなど環境問題に関するソリューションはいかがでしょうか?
【Oliver氏】まず、先にご紹介した行政のデジタル化も紙ベースの書類がほぼゼロなので、資源節約の取り組みの一例です。
スタートアップ企業も環境問題へ取り組んでいます。Skeleton Technologies社というウルトラキャパシタの開発・製造事業を行う会社があります。ウルトラキャパシタは、高出力、高速充放電、長寿命、安全性、リサイクル性といった優れた特徴を有する蓄電デバイスです。ウルトラキャパシタメーカーとしてはSkeleton Technologies社は欧州最大の規模を誇っており、欧州とアメリカを中心に主要な自動車や電子メーカーに技術や製品を提供しています。2021年3月には丸紅からも出資を受けており、アジア市場の開拓を進めています。
Elcogen社というセラミックを使った燃料電池技術を開発する会社も、自社技術を通じた環境問題へのアプローチをしており、グローバルに活動しています。また、BugBox社も食料不足による貧困問題に対して昆虫食や昆虫によるタンパク質代替技術を用いた解決方法を提供しています。
─ エストニアのスタートアップがスケールするにはどういう道筋がありますか?
例えば、Bugbox社はエストニアで資金調達を行い、それをもとに技術開発を行いました。エストニアから世界に出て、グローバルの大手企業とのパートナーシップとなると、言語やコミュニケーションがスムーズに行くシリコンバレーがターゲットになります。しかし、アジアもエストニアにとって重要なパートナーであり、各スタートアップ企業は、事業が安定してからアジア市場を見ることが多いと感じます。
大企業とスタートアップ企業との取り組み事例について
─ 大企業とのスタートアップコラボレーションを成功させるポイント、気を付けておく点など教えてください。
【Oliver氏】「コミュニケーション」が一つの大きなポイントです。エストニアはフラットかつ柔軟にスピード感を持ってアクションをとることができる環境ですが、そうした環境と進め方が合わない場合があります。エストニアスタートアップも、相手企業の事情や文化への理解が足りないこともあるでしょう。このような違いをお互い理解し合うことが必要です。
例えば、丸紅はエストニア企業への出資だけでなく、現地に拠点も設立しています。これは、単に情報のリサーチをするだけでなく、実際に北欧のイノベーション環境へ触れやすいという背景もあります。また、伊藤忠商事も2020年にエストニアのベンチャーキャピタルであるTera Venturesに出資しました。
ニチガス(日本瓦斯)は、エストニアの電子国家基盤として採用されている「X-Road」という基盤技術とブロックチェーンを組み合わせ、2019年にコールセンター向けのワンストップサービスを開発し、オペレーター業務の効率化を可能にしています。このようにエストニア企業の知見・経験を活用しながらコラボレーションを行うことで、課題解決にも繋がります。コミュニケーションを重ねる中で信頼関係を構築することが重要であると感じています。
エストニアの目指す将来像について
─ エストニアの今後について。EUでは”New Circular Economy Action Plan(新循環型経済行動計画)”という2050年までの目標が設定されており、エストニアもそれに伴い”Estonia 2035”という戦略を打ち出されています。エストニアとしての環境問題の取り組みについてお聞かせください。
【Oliver氏】2011年のWHO(世界保健機関)の大気汚染調査において、エストニアは世界で一番空気が綺麗と評価されました。エストニア国土の半分が森林であることも関係していると思いますが、それだけではなく、風力発電やバイオマスの活用など再生可能エネルギーの利用も積極的に行っています。しかしながら、現状のエネルギー市場や生産は、オイルシェールに頼っている状況であり、今後解決していかないといけない問題と感じています。
エストニアの特徴的なアプローチとして、環境問題解決の手段としてDXを用いていることが挙げられます。DXの展開が遅れている2つの領域:「建設業界」と「交通・物流業界」におけるデジタル活用が浸透することで、環境への負荷をより減らすことができるのではとないかと感じています。そのため、エストニア政府としても上記2つの領域でDXの活用が進むよう、積極的にサポートしています。
もちろん政府がさまざまな政策や計画を出していますが、トップダウンで指示するのではなく、民間企業やスタートアップが課題やニーズに合わせアジャイルに解決手段を考え、そしてアクションに移すボトムアップが多いと思います。
─ 最後に、Oliverさんからこの内容をご覧いただく方々に一言、読者の皆さんへメッセージをお願いします。
「エストニアへようこそ」
【Oliver氏】スタートアップやイノベーションで挑戦をしたい方や興味ある方は、ぜひ一度エストニアに足を運んでください。勇気を持って、エストニアだけでなく、北欧企業やスタートアップ企業へ積極的に連絡をとっていただき、多くのチャンスを掴んでいただきたいと思います。
また、北欧のイノベーションエコシステムのリサーチやアクセスをする際は、エストニアへ拠点を設立することも一つの手段としてご検討ください。
エストニアでは、5月と8月に、2つの大きなスタートアップイベント:”Latitude59”と”sTARTUp Day”が毎年開催されます。登壇者や登壇企業はスタートアップやスタートアップエコシステムに関連する方々ですし、参加者は世界中から集まるので、エストニアのスタートアップの環境、トレンド、資金調達状況など多くのことが学べます。もし機会があれば、皆さんも是非ご参加ください。
今回の対談が、エストニアのスタートアップ企業とのコラボレーションを考えるきっかけになると嬉しく思います。