経済成長と社会の進化の両立
一般的な地球環境・エネルギー問題の議論では、前の世代の過ちを若い世代がSDGs (持続可能な開発目標)などで解決に取り組む、という論調で語られることがあります。これはまるで環境問題では年長者は蚊帳の外に置かれているようにも聞こえますが、この世代の中にも自分の経験を生かして積極的に問題を解決しようとする人も少なくありません。
「私は長年風力タービンで使用する炭素繊維複合材料の開発に関わってきましたが、炭素繊維は再生可能なグリーンエネルギーでありながらリサイクルが困難だということが次第に分かってきました」と話すのはカナダのMcGill大学 機械工学部のLarry Lessard教授です。同氏は30年にわたり大学教育に携わり、機械工学と複合材料の分野の研究で高い評価を受けた専門家で、複合材料の構造問題と同時に環境問題にも取り組むユニークな方です。「太陽光発電にも同じことが言えます。いわゆる『環境にやさしい』エネルギーというのはほとんど例外なく、新たな課題を生み出す。これが私の経験上言えます」と説明します。
「私が大学院にいた頃は、炭素繊維や複合材料が注目されていました。それらを飛行機に使えば機体が軽くなるので燃料の削減につながり、環境にも良いと考えられていたからです。私もそう考えていました」とLessard氏は振り返ります。「でもそれは結果的に、以前よりたくさんの飛行機が飛んだだけ、つまりは航空会社の利益に寄与していたのです。」
Lessard氏は環境保護のための研究が企業の利益に利用されたことに失望したと言います。「私は何か違うことをしなければならないと思い、再びリサイクルの研究に取り組みました。経済成長と気候変動対策は常に対立するので、経済的にリサイクルを実現させれば双方にとってウィンウィンになるでしょう。」 ただ、こうしたアプローチは差し迫った気候変動に直面した今、即効性があり永続的な解決策を望む人々には十分でないかもしれません。大きな変革をもたらすには、これまで以上に進歩的で持続可能な考え方が必要です。「経済的利益を重視しながらも、大きな効果が得られるソリューションを実現したいと研究を続けています。」
若干風変りでスポーツ好きと自らを評するLessard氏は、持続可能な地球環境づくりに対する意識を高めるために何ができるかいろいろ考えたと言います。「60歳を過ぎ、両膝に関節炎を抱える自分にできるスポーツのひとつが自転車だったので、サイクリングプロジェクトを立ち上げました。」
「Bike62」と名付けられたこのプロジェクトはドキュメンタリー映画になる予定で、彼が三大陸28カ国を回る様子が収められます。道中で大学、団体、企業などに立ち寄り、自分のメッセージを広めると同時に現地の人と交流して洞察を得る。Lessard氏は、62歳の自らの体力と差し迫った地球環境を考えると、やるのは今しかないと決意しました。
新しい仲間を見つける
Lessard氏は、自らの知識を人々と共有し環境意識を高めるにとどまらず、自らも多くを学んでいます。「さまざまな場所を訪れ、現地の知識や実情を聞かなければ、社会全体が前進することはできないと思います。」
彼は当初このプロジェクトを本にしようと考えていましたが、映画に変えました。「長編ドキュメンタリーであれば、より多くの聴衆に届くだろうと思いました。エンターテインメントの要素も必要ですから。それに、私のような壮年者がこれだけの運動をすることで体にどのような影響を与えるかという研究にも関わることになっています。冒険旅行、サステナビリティな取り組みであると同時に、過酷な運動が私の年代の人間に有益かどうかの実験でもある。幅広い人々が関心を持ってもらえるはずです。結果はあとのお楽しみです。」
グローバル社会におけるサステナビリティの定義
環境に関する事情は国ごとにまったく異なります。Lessard氏はこう指摘します。「私は、ある国で起きていることが別の国には影響しないという考えには反対です。先進国が安価な製品を求め、他の国が安く非効率な生産活動を強いられる。先進国は自らが原因を作り出しているにもかかわらず、それらの国の環境汚染を非難しているのです。」
Lessard氏は国ごとに適した解決策を探るべきだとも言います。「先進国は技術的援助には熱心ですが、現地に知見を提供するという視点も持つべきです」と言います。「私の経験では、特定の企業のリサイクル技術を提供しても、地域の人には役に立たないことが多いんです。それより、20人くらいの小さな会社がすぐに実行できるようなソリューションを教えてあげることの方が、地域社会への影響がはるかに大きくなるでしょう」。
自ら率先して範を示す
Lessard氏は、環境関連の法整備が進むと環境保護活動の気運もさらに高まるだろうと考えています。「リサイクルにはお金がかかるので廃棄してしまう方が簡単と考える人は多いでしょう。でも、ドイツ、フランス、ベルギー、デンマークのようなヨーロッパの国々では、繊維補強複合材料の埋め立てを禁止する取り組みが始まっています。その結果リサイクル産業を生み出し、リサイクル可能な製造方法が進化し、埋め立て処分にしない方向に向かっています。やはり、リサイクルのソリューションが有用であり、求められているのです。」
彼はかつての帝人とのコラボレーションについても語ります。「帝人はサステナビリティに対してとても良い取り組みを行っています。炭素繊維やガラス繊維複合材料のリサイクルに関わる問題について深い課題認識を持っていると思っています。私の専門外でも帝人には非常に多くのアイデアがあるようなので、それらを生かして今後何を実現していくか注目しています。私との共通点は、問題に寄り添いどうすれば解決できるかという考え方を帝人もする点です。これは難しい問題だ、と頭を抱えるだけではなく。
世界で2万キロ走行するには、そんな姿勢が必要でしょう?」とLessard氏。
次の旅への出発が近づく中、Lessard氏は、変化はすぐには訪れないと感じています。「少しずつ変化をもたらす目標を設定し、リサイクル可能な材料を増やしていくこと。これこそが、正しい方向です。最近ではサステナビリティ活動を公表する企業も増え、消費者の関心も徐々に高まっています。もっと多くの人々が関心を持つようになれば、もはや止められない変化を生み出すでしょう。今のところ、私はその範を示し続けたいと思っています。」
エネルギッシュに活動を展開するLarry Lessard教授は私たちにインスピレーションを与えてくれます。
プロジェクトの進捗は以下のウェブサイトでチェックすることができます。このウェブサイトでは、プロジェクトのSNSへのリンクも表示されます。
https://www.bike62.com/