循環型開発の実現に向けて
帝人における高機能材料研究では常に持続可能な開発を重視していますが、持続可能性の評価に用いられる指標は、過去数十年で変化してきました。耐久性の高い材料は頻繁な交換が不要、軽量材料は移動にかかるエネルギーが比較的少ない等、単純で理解しやすい指標もありますが、こういった単純な指標においては、生産段階、さまざまな用途での使用段階、使用後のリサイクル段階といった、材料の複雑なライフサイクルは考慮されていません。
材料の二酸化炭素排出量やその他環境への影響を測定する技術を培っていくには数十年を要します。2021年に発表した通り、帝人は全ての炭素繊維製品の包括的なライフサイクルアセスメント(LCA)を実施する初の企業として、その発展を先導してきました。
帝人のコーポレート・サステナビリティ・マネージャーであるSmitha Sundaram氏は、次のように語っています。「皆さんが送る日常生活の中でも、帝人が作る材料が多く用いられています。とりわけ、鋼よりも強度が高くかつ軽量な当社の炭素繊維は、飛行機、自動車、電車、橋、建物など、あらゆる場所で使用されており、見えない所から皆さんの生活を支えています。」 炭素繊維は多種多様な用途に対応できるため、スポーツ用具、工場用建材、風力タービンのブレードなど、さまざまな製品に用いられています。
エネルギーや二酸化炭素排出量を削減できるポテンシャルを持つ炭素繊維がさまざまな用途に用いられていることを鑑み、炭素繊維の正確な排出量データを顧客に提供することは重要であると帝人は考えています。その後炭素繊維のLCA研究が成功したことで、アラミドや複合材料等に加えて炭素繊維のLCAも実施する運びとなりました。「炭素繊維は幅広く使用されていますが、その環境データはあまり検証されておらず、顧客が確認できる状態にはなっていません。そのため、炭素繊維のLCAも重要と考えています。」
LCAデータは帝人だけでなくその顧客にとっても有用です。このデータを使用することで、自社の環境負荷をより正確に測定することができます。さらに、帝人がこの情報を利用することで、材料削減とカーボンニュートラルに向けて製造工程を徐々に最適化していくことができるため、情報の好循環が形成されます。
「循環型構想を実践するにあたり、情報の循環は重要です。ここでいう循環型構想とは、できる限り多くの材料を循環させることを言います。これにより、必要なヴァージン材の量を減らすことができます。耐用年数が終わった帝人の製品、製造過程の副産物、ひいては廃棄物と考えられているものでも、帝人であれば活用法を見つけられるかもしれません。現在帝人では、当社の材料を含む製品を買い戻して生産に再利用するための複数の経路を検討中です。他の人には廃棄物であっても、帝人にとっては資源となり得る可能性があります。私が所属するオランダのテイジン・アラミドでは、20年以上にわたって材料の買戻しとリサイクルを実施しており、資源効率を向上させています。この2~3年の間に世界中のメーカーにおいて持続可能性が求められるようになりました。持続可能性は、近い将来すべての企業にとって必須のものとなるでしょう。2030年までに温室効果ガスの排出量を55%削減することを目標とする『Fit for 55』といったEUが設定する目標により、循環は達成することが望ましいことではなく、当たり前のことになっていくと思います。」
真の循環型モデルとは、ヴァージン材を一切追加することなく、すべての材料が無限に循環するモデルのことを言います。「真の循環型モデルは産業界における究極の目標ですが、まだその達成にはほど遠い状態です。しかしながら、世界はその達成に向けて努力を続けています。帝人ではLCAを活用することで、実用的かつ低炭素、そして資源をあまり使わない循環型モデルを目指しています。LCAを活用することで、材料の使用量、生産時における廃棄量、リサイクル工程による影響、エンドユーザー等から買い戻して循環できる材料の量、そしてこれらが環境全体(空気、水、土壌など)に与える影響などを、測定・追跡することができます。これにより、廃棄物の量とエネルギーの消費量を最小限に抑えることができるため、すべての材料において環境への影響が少ない循環型モデルの実現を目指すことができます。もし私たちが、本当の意味での循環を体現している「自然」のように循環を行うことができれば、人間の創意工夫によっていつかこれを実現できるかもしれません。」
信頼の構築
LCAは循環型モデル達成へ向けた布石であり、その指標と対象は拡大を続けています。「LCAにおいて、情報の収集は、その使用と同じくらい重要です。『生産のホットスポットはどこか?』、『このエネルギーは本当に必要か?非効率的になっていないか?』、『代替として再生可能エネルギーを使用できないか?』 こういった終わる事のない最適化のプロセスは、すべてLCAから始まります。」
従来、材料メーカーは自社工場における製造工程のみを分析していましたが、帝人はその更に先を行きます。「もちろん、当社の工場以外の場所で分析・管理できる内容は限られていますが、顧客の使用段階における使用上のメリットや効率性を積極的に数値化することを次のステップとしています。このために、私たちは『Customer Benefit Model(CBM)』という社内の計算ツールを開発し、TUVからの認定を受けました。このツールを使用することで、特定の用途における当社材料のライフサイクル全体におけるCO2やコストの削減量を数値化し、一般的な製品の数値と比較しています。可能な限り、当社製品のLCAの結果をCBMに取り込み、業界から収集された実用的なデータによりリアルタイムで補足しています。」
包括的なLCAを作成するには材料のフローがなければなりませんが、十分な情報のフローも同様に重要です。しかし、材料科学のような競争の激しい分野においては、情報が共有されることはあまりありません。Sundaram氏はこう訴えます。「機密情報を共有する際に機密保持契約を結び、正しい用語の使用や正確性を確保して、情報の連鎖を強固にすることにより、この問題を軽減できます。LCA指標の正確な定義を顧客に説明することも重要です。」
透明性と正確性を高めることで、データを不明瞭にし曲解したりすることで環境配慮をしているよう見せかける行為である「グリーンウォッシュ」へ対抗することができます。「環境への影響や、可能なこと、可能でないことを顧客にはっきりさせることが重要です。また、今後の帝人の目標を明確化することで顧客と道を共にすることができ、同じ指標や用語を用いて具体的な進歩を実感できるようになります。例えばアラミドの場合、排出量の大幅な削減をLCAにより示すことができましたが、この情報を顧客に提示したことで、顧客から高くご評価いただきました。」
業界や国境を越えて標準化されれば、LCAの効果が倍増していきます。「EUにおいては、LCA手法を標準化するメリットが認知されているため、あらゆる部門で算出手法を同じにしようとする動きがあります。帝人では、複数の地域で異なるLCA基準を用いていますので、この問題についてよく理解しています。また、EUの製品環境フットプリント(PEF)基準を遵守しつつ、帝人グループ全体でのLCA標準化にも取り組んでいます。もし矛盾が生じる場合は、意思決定が行われた理由を明確にし、裏付けのために第三者による認定を取得・提示します。LCAが価値を持つためには、信頼される必要があるのです。」とSundaram氏は説明します。
目標の設定
持続可能性には複雑で動的な性質があるため、企業内で持続可能性に関する意識を高め、持続可能性の目標を達成しようとする際には、何らかの課題に直面しがちです。帝人ではこの課題を認識し、事業部門全体において定期的なサステナビリティ・トレーニングやウェビナーを実施していますが、ここでもLCAが重要な役割を果たしています。「LCAを用いることで、各生産ラインや部門内だけでなく世界中の帝人社員に対して、求められる変化、そしてその変化が必要な理由を、数値を用いて説明しています。これにより、オール帝人が一丸となって持続可能性の目標を達成するために協力することができています。」。その意味で、LCAは帝人の価値観を実践的に表したものと言えます。指標や目標を明確に定義することで、環境や社会の変化に対する感受性が高まるため、言葉だけではない、建設的な行動へと結びつきます。LCAはこういったことの達成に役立っているのです。
目標の設定は、環境目標の達成だけでなく、より幅広い社会的目標に対しても重要です。「目標を設定するということは、変化をしようと意気込むことです。例えば持続可能な開発目標(SDGs)における「ジェンダー平等」を目標に設定すれば、それに向かって変化が加速します。こういった価値観が普通である帝人のような企業では、この目標はやがて自然と達成されるでしょうが、目標を設定すれば達成の後押しとなります。環境・社会開発の目標を設定するということは、あなたの意志を宣言することであり、人々はそれに対し前向きな反応をするでしょう。」
視点を変える
平均的な消費者でも購入の際に持続可能性を検討できるよう、社会のあらゆるレベルでLCAの理解が必要です。「帝人にはLCA分析を専用で行うチームがあり、LCAの結果に基づく分析と問題解決に取り組んでいます。生物多様性や資源枯渇など、直接関与していないながらも重要な要素も含めて、帝人の材料における完全な環境プロファイルを算出しています。社会としては、カーボンフットプリントだけでなく、他の指標も考慮するようにならなければなりません。SDGs目標が互いに繋がっているのと同じように、個々を単独で見るべきではないのです。」
この包括的な社会的アプローチは、最終的にLCAの利点を一般の人々にもたらします。Sundaram氏は定期的にカンファレンスで講演していることもあり、この広い視野についてよく理解しています。「環境問題や社会問題に関与する一般人は増加傾向にありますが、一般人にも理解してもらえるような形で分かりやすくソリューションについて説明していかなくてはなりません。人々の生活に関連する指標の進捗具合を数値化することで、行動を起こしやすくなります。しかし、一人でできることには限界があります。他の人と話してアイデアを共有し、情熱や共通認識を育み、共通目標を設定し、その共通目標に向かって一丸となって取り組むことこそが、変化を実現する方法です。」
@JEC World
Smitha Sundaram氏はJEC World 2022におけるSustainability Conferenceで「Sustainability of raw materials for composites: boosting the circular revolution」という題名の公演を行い、LCAやその他の課題について詳しく語りました。