「1リットルのガソリンで自動車が何km走行するのか」――
これまで自動車業界で一般的に使用されてきた燃費の比較指標で、「Tank to Wheel」と呼ばれる概念です。各自動車メーカーは、一定量の化石燃料でどれだけ動くのかという物差しで、燃費性能の技術を競い合ってきました。その物差しが今、変わろうとしています。地球温暖化対策としてCO₂(二酸化炭素)排出削減が企業に強く求められており、自動車業界でもCO₂を排出しない「ゼロエミッション車」への転換が進められているためです。
現在、欧州を中心に電気自動車(EV)の普及が加速しています。しかし、世界中の自動車がEVに転換されても、自動車に関連するCO₂が完全に消滅するとは言えません。なぜなら、EVが走行に必要とする電気の多くは、化石燃料の熱エネルギーを変換して作られているからです。送電インフラの整備や自動車を製造する過程でも、多くの資源・労力が必要となり、CO₂が排出されます。
そこで、自動車の動力源となるガソリンや電気などの製造過程から、完成車の駆動に至るまでのエネルギー効率を総合的に評価する新たな概念として、「Well to Wheel」が注目されています。油田(Well)で石油が採掘されてから、精製・運搬を経て車輪(Wheel)の回転運動となるまで、どのような過程でエネルギーが消費・転換され、CO₂がどの程度排出されたかを表します。
CO₂排出をゼロにすることは、現時点で難しいと言えます。そこで各国では、排出したCO₂と同量を吸収または除去することで差し引きゼロ、つまり中立(ニュートラル)状態にしようという「カーボンニュートラル」の考え方に舵を切っています。日本を含む124カ国が2050年までの実現を表明しており、その推進に自動車業界が果たす役割はとても大きいものがあります。
CO₂削減に向けて、「Well to Wheel ゼロエミッション」をテーマに掲げ、他業界の技術やソリューションを取り入れて自動車開発に挑戦している企業があります。
豪州のスタートアップ企業であるApplied EV社は、最高時速70キロメートル以下の「LS-EV(低速EV)」の軽量化に向けたプロトタイプを開発しました。この開発には、テイジンの軽量・高強度素材、加工に関する最先端技術や成形ノウハウが多く提供されています。例えば、低エネルギーでの走行を可能にし、最適なエネルギー効率を発揮する車体プラットフォーム(足回り)の実現には、テイジンが開発した軽量・高強度・高剛性の「GF-SMC」部材が使用されました。
車内温度への影響を低減する課題の解決として、窓やドアに軽量で耐衝撃性、赤外線遮断性に優れたテイジンのポリカーボネート樹脂「パンライト」製グレージングが採用され、断熱材にもテイジンが展開するポリエステル製タテ型不織布が使用されています。また、動力源確保の解決に太陽電池搭載のルーフを開発。ここでもテイジンの「パンライト」製グレージングが提供され、豪州での試験では一般的なソーラーパネルと同等の約330Wを記録しています。
「Well to Wheel」は、持続可能な循環社会に導く重要なキーワードとして注目を集めていくはずです。その中で、カーボンニュートラル実現の切り札となるEVをめぐって、関連企業による技術基盤の獲得・整備の動きが一層熱を帯びていくことは間違いありません。