2050年に温室効果ガス(GHG)排出量の実質ゼロ(カーボンニュートラル)達成を掲げる日本では、あらゆる企業にとって「脱炭素化の取り組み」が事業の効率化や製品品質の向上、価値創造などと並ぶ重要な経営課題となっている。年間660万トンのCO₂を排出する海運業大手の川崎汽船では、自社からの排出量の削減と社会の脱炭素化への貢献という2つの切り口で、2050年の実質ゼロ達成を目指す。同社の取り組みと、繊維で独自技術を持つ帝人の異業種コラボレーションが脱炭素化にどう役立てられるのか、その可能性を探った。
遠浅の海域が少ない日本は浮体式に期待

川崎汽船株式会社 執行役員 LNG、カーボンニュートラル推進担当 金森 聡氏
カーボンニュートラルを達成する上で、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の活用は不可欠だ。ただし、どういう再エネが適しているかは、その国の気候や国土の特性で大きく異なる。平地が少なく雨が多い日本は、太陽光発電に適しているとは言い難い。川崎汽船 執行役員 LNG、カーボンニュートラル推進担当の金森 聡氏は「四方を海に囲まれ、領海を含む排他的経済水域(EEZ)の面積が世界6位という国土特性を生かせる洋上風力発電は、日本向きの再エネです。この領域では、石油やガスの海洋プラントを設置・運用する支援サービスを提供してきた川崎汽船の知見が生かせます」と説明する。
川崎汽船グループは2021年6月1日、洋上風力発電関連事業に取り組む新会社「ケイライン・ウインド・サービス(KWS)」を設立。設置海域の「調査・開発」、風車の部材や建築資材の「輸送・物流」、風車の「設置・建設」、さらにはメンテナンス要員を運ぶといった「運転・保守」といったサービスを提供する。
「日本は、欧州と比べて洋上風力発電への取り組みが遅れているような気がしますが、なぜでしょう?」という帝人グループ執行役員 マテリアル新事業部門長の坂田 忠史が投げかけた問いに対し、金森氏は答える。「まず、環境意識の高い欧州が洋上風力発電で先行したのは確かです。なお、欧州は遠浅な海域が広いため、海底に支持構造物を埋め込み、風車の設備を固定する『着床式』と呼ぶタイプが中心です。一方、周辺に深い海が多い日本では、海に浮かべた構造物上に発電設備を置く『浮体式』のタイプが主流になっていきます。浮体式は、着床式よりコストが高くなりがちで、設置・運用に伴う法整備も終わっていません。まだ、社会実装に向けた準備を進めている段階なのです」
ただし、浮体式を整備できる企業は着実に育っている。川崎汽船では、設備の部材輸送以外に、浮体構造物を一定海域に留めるための係留用アンカーを張るサービスも検討している。それ以外にも、浮体式の活用を広げるために解決すべき課題はある。「現在の浮体構造物は重いため、設置海域への輸送や設置に手間とコストが掛かります。例えば、アンカーのチェーンを合成繊維に代替することを検討したいところです」と金森氏。
坂田は帝人のアラミド繊維を薦める。
「既に海底油田を掘削するパイプの補強材に使われている実績があります。スチールより軽く柔軟で、設置時の作業効率を向上させることができます。また錆びないなど、海洋プラントでの活用に適した多くの特長を備えており、十分な長期的耐久性もあります。大型船の係留ロープとしても使用されており、編み上げを工夫すれば、目的に合わせて機械特性や耐久性を調整することも可能です。浮体式の係留ロープの用途の他にも、送電用ケーブル、風車を設置するクレーンのスリングベルト、巻き揚げロープ、クレーンペンダントにも適用できます」とアピールする(図1)。

図1:浮体式洋上風力発電におけるアラミド繊維の適用事例 (評価中の事例も含む) 出所:帝人
凧で大型船をけん引し、CO₂排出量を20%削減
現在の海運各社が運航している船の多くは、重油を燃料とする。重油を使う限りCO₂の排出は避けられないが、かといって電動化では大量の積荷を搭載して長い航海を続けることはできない。そこで川崎汽船では、あらゆる手を使って脱炭素化を推し進めている。
中でも目を引く取り組みが、大型の凧で風力を推進力として利用する自動カイトシステム「Seawing」である(図2)。フランスのAirbus社から分社したAirseas社と同社が共同で開発・搭載の検討を進めてきた。本システムは自動で展開・格納することが可能で、気象・海象データをリアルタイムに収集・分析し、安全性を確保した上でカイトの性能を最大限に有効活用するような運用を目指している。「船種は問わず、既存船も含めて搭載可能な技術で、20%以上のCO₂排出量削減を見込んでいます」(金森氏)と、その効果は大きい。2022年末には、大型ばら積船を対象に実装を開始する予定だ。

図2:川崎汽船が運用を始める自動カイトシステム「Seawing」 出所:川崎汽船

帝人株式会社 帝人グループ執行役員 マテリアル新事業部門長 坂田 忠史
川崎汽船では、従来の重油よりもCO₂排出量が約25~30%少ないLNG燃料船の導入も積極的に進めており、2030年までに約40隻を投入する予定だ。運航中にCO₂を全く排出しない水素やアンモニアを燃料として利用する検討も始めている。エンジン自体はメーカーが開発するが、実際の導入では燃料を運搬・備蓄・供給するインフラの整備・運用が必要となる。こうした社会実装の可能性を同社は検討しているのだ。金森氏によると、アンモニアの実用化は間近で、アンモニア燃料焚きエンジンを搭載した船は2020年代後半には出てくると言う。
水素もアンモニアも危険物だが、輸送のインフラや安全に扱うための法的枠組みが出来上がっているアンモニアの方が社会実装しやすいという見方もある一方で、アンモニアの製造過程での脱炭素化という課題がある。
この課題の解決に帝人の坂田は提案する。「現在、アンモニアの製造にはハーバー・ボッシュ法と呼ばれる方法が使われています。この方法は、生産時に大量のエネルギーを消費するため、燃料のライフサイクルで考えるとCO₂排出量を抑えることが困難です。近年、新材料の触媒を使って、低温、低圧でアンモニアを製造する技術開発が進められています。こうした開発に帝人も取り組んでおり、貢献ができればと考えています」
汚れる一方だった海をキレイに変える
脱炭素とともに重要性を増しているのが、循環型社会への適応である。SDGsにも「海の豊かさを守ろう」という個別テーマが含まれている。
「海難事故や油漏れなどで海を汚してしまうリスクがある海運業なので、海をきれいにするお手伝いができればと願っています。当社が運航する約430隻の船は世界中の海域を運航しています。運航中の船はバランスを取るために海水を取り込んでいるのですが、各海域の海水をろ過して研究用サンプルとして回収し、汚染状況を把握するためのデータ収集に産学共同で取り組んでいます」(金森氏)。
一方、帝人は海に投棄されるプラスチックゴミを減らす取り組みとして、漁網のリサイクルに注力している。「海洋プラスチックの3~4割が漁網によるものです。破れた網は処理コストが掛かる産業廃棄物なため、投棄されてしまいがちです。最も比率が高いナイロン製漁網はリサイクルが始まっていますが、2番目のポリエステル製に関しては未整備です。そこで、帝人はポリエステル製漁網のリサイクル技術を確立し、社会実装しようとしています」と坂田。
ポリエステル製漁網をリサイクルする最難関は、漁網から塩や砂、貝殻などの付着物や表面のコーティング材を効率的に取り除くことだ。帝人は、洗剤と溶剤を効果的に使い、水洗いとドライクリーニングを融合させたような技術を確立し、この課題をクリア。再生樹脂は、バケツや食器などの材料として活用し「海洋プラスチックごみ、漁業系プラスチック廃棄物を再生利用した製品」のエコマークを付けて販売されている。「現時点では、再生樹脂を使うとコストが高くなりますが、製品作りで排出するCO₂の量が削減されるため、炭素税などが導入されればコストメリットも出てくるはずです」(坂田)。
脱炭素化と循環型社会への取り組みのどちらも、持続可能なビジネスを営む上で欠かせない。金森氏は「世の中の動きが速く、新しい要求に応える取り組みを、自社だけで進めることが難しくなってきました」と言う。坂田もまた「繊維業界は技術開発が極めて重要な業界ですが、やはり独自技術を生み出すだけではトレンドやニーズに対応できない」とする。帝人のアラミド繊維が海運業を営む川崎汽船の洋上風力関連サービスを進化させる可能性があるように、異業種のコラボレーションによって新たなイノベーションが生み出される期待がもてるだろう。
会社名:川崎汽船株式会社
所在地:東京都千代田区内幸町2丁目1番1号(飯野ビルディング)
URL:https://www.kline.co.jp/
会社名:帝人株式会社
所在地:東京都千代田区霞が関3丁目2番1号 霞が関コモンゲート西館
URL:https://www.teijin.co.jp/