世界では毎年13億トンの食品ロス
食品ロスと飢餓、なぜ世界はこれほどアンバランスな課題を抱えているのでしょうか。2020年の国連の報告によれば、世界の飢餓人口は増加の一途を辿っています。飢えに苦しむ人の数は2019年に約6億9000万人にのぼり、2018年から1000万人、2013年からの5年間で6,000万人近く増加したと推定されています(*1)。
その一方で、我々は膨大な「食品ロス」を生み出しています。FAO(国際連合食糧農業機関)の報告書によると世界の食料生産量の3分の1にあたる約13億トンの食料が毎年廃棄されています。しかもこれは先進国だけの課題ではありません。収穫技術の問題や貯蔵や店舗の衛生管理の課題から発展途上国でも食品ロスが発生しています。
こうした「食品ロス」に挑むのが、食品ロスに新たな価値を与えてアップサイクルを実現するフードテック企業のCRUST Group(本社: シンガポール、CEO: Travinder Singh氏)です。アップサイクルとは、まだ食べられるのも関わらず、本来ならば捨てられてしまうはずの食品ロスに、デザインやアイデアといった新たな付加価値を持たせることで、別の新しい製品にアップグレードして生まれ変わらせることです。
CRUST Group 創設者 兼 CEO / Travinder Singh氏
もともとシンガポール海軍に在籍していたTravinder Singh氏が、街中で大量のパンが廃棄されている様子を見つけ、ビール醸造の原料にできないかと始めたのがCRUST Groupの始まりです。利益だけを追求するのではなく、社会貢献ができる事業がしたいという思いから2019年に誕生した同社は、生活の中にある食品ロスをおいしくアップサイクルすることで、環境をより良くしていくことを基本理念に掲げています。そのミッションは、2030年までに世界の食品ロスを1%削減すること。現在は、外食産業や小売業界のパートナーと提携し、余剰となったパンや果物、野菜などを集め、それらを原料にクラフトビールやノンアルコール飲料にアップサイクルする事業を展開しています。社名のCRUSTは、パンの耳や堅いパンの外側を指す英語に由来していると言います。
既にシンガポールの本社では、マリーナベイサンズといった大型ホテル、レストランチェーンと協業するなどサステナブルなクラフトビールを広げています。その社会課題に挑むチャレンジングなビジネスモデルも高く評価され、「Startupbootcamp2020」や「Hack Award2021」にも選出されました。
毎年約600万トンある日本の食品ロスを削減
そんなCRUST Groupは、初の海外展開として、2021年2月に日本法人CRUST JAPAN株式会社を設立し、事業拡大に力を入れています。同社ゼネラルマネジャーの吉田紘規氏は、日本進出の理由について次のように説明します。「日本はお客様第一主義の文化が強く根付いている国です。品切れや売り切れは絶対起こさないよう考えられています。その分食品の余剰が発生しがちで、非常に多くの食品ロスが発生しています」。農林水産省のまとめによると、日本における食品ロスの規模は2018年度の推計値で約600万トンに達しているのです。
食品ロスをアップサイクルすると言っても、実際は余った食料を集めることが高い壁となります。「余った食料は誰かに渡すより、実は捨てた方が楽なのです。そもそも食品ロスという言葉も、食品廃棄物と混同されがちで、アップサイクルへの意識が高くないのが現状です」と吉田氏は指摘します。
ソーシャルグッドと味の両立で高い評価
CRUST JAPANでは、日本でも製パン会社や地ビールメーカーに丁寧な説明を重ね協力を得ると、2021年3月、製パン会社の工場から出るパンの端材を原料とした「CRUST PILSNER(クラストピルスナー)」を先行リリースしました。そして、2021年7月には、日本初のサステナブルなクラフトビール「CRUST LAGER(クラストラガー)」をリリースし、日本のクラフトビール市場へ本格参入しています。現在、クラストラガーは、オンラインショップ(https://www.crust-group.com/sg )での販売をはじめ、兵庫県神戸市の「EKIZO神戸三宮」内のビアハウスで採用されています。
また、全国に約30店舗を持つ世界的ブーランジェリー「メゾンカイザー」から余剰パンの提供を受け、コラボレーションモデルのクラフトビール「パンからつくったペールエール」も開発しました。さらに、世界的に知られた有名ブランドホテル2社ともコラボレーションのプロジェクトが決定していると言います。
日本市場に参入して間もない同社のクラフトビールですが、日本でも高い評価を獲得しています。それは、シンガポールの本社で培われたレシピと高い醸造技術が強みとなっているからです。「サステナブル、ソーシャルグッドを謳うだけでは、味に対するハードルが非常に高い日本の消費者に通用しません。そのような中でメゾンカイザーや有名ホテルの料理長、ソムリエが太鼓判を押してくれたことに大きな手応えを感じています。ソーシャルグッドと味の両立ができているという証明になったわけですから」と吉田氏は自信を覗かせます。
CRUST JAPAN株式会社 ゼネラルマネジャー / 吉田 紘規氏 (写真左)
ノンアルコール飲料も展開
CRUST JAPANは2022年、新たなステージに立とうとしています。JA全農の協力を受け、規格外で流通されないフルーツや野菜をアップサイクルしたノンアルコール飲料へと、事業範囲を広げる予定です。また、同社では、ビール醸造時に出る副産物からパンケーキミックスを作るなど、飲料だけではなく食品開発も手掛けていく構想を抱いています。
さらに、大手企業との協業の可能性についても吉田氏は語りました。「2022年は、ノンアルコール飲料の『CROP』ブランドをリリースする予定です。ソーシャルグッドと味に加えて、乳酸菌など健康に有用なヘルスベネフィットも足していきたい。地球環境にも健康にも良い、新しい感覚の飲み物を消費者に提供したいのです。2030年までに、世界の食品ロスを1%削減するというミッションの達成には、やはり大手企業とのプロジェクトが不可欠です」と吉田氏。そこで、スーパー大麦「バーリーマックス」や、発酵する食物繊維「イヌリア」などの機能性食品素材を扱うテイジンとの協業にも意欲を示しています。
消費者の意識を変える商品プレゼンテーションを
食品ロスを減らすには、食品ロス問題が認知され「自分事として理解してもらうことが重要です」と吉田氏は話します。農林水産省は、食品ロスを2030年度までに2000年度比(547万トン)で半減させる目標を掲げています。しかし、日本では、食品ロス問題は認知も理解もまだ乏しいのが現状です。「海外ではSDGsを推進する商品棚、食品ロスをアップサイクルした商品棚が、スーパーマーケットなどで普及しています。商品がどのように販売されているのか、その見せ方がとても重要なのです。そうした取り組みが進むことで『どうせ買うなら食品ロスをアップサイクルしている、ソーシャルグッドな方を買おうかな』と消費者の意識も変わってくるはずです」と吉田氏は力説しました。
CRUSTグループが世界で目標とする食品ロス1%削減は、壮大なミッションです。これは掲げるだけではなく、達成させなければならないものだと吉田氏は言います。「日本人は、個人レベルでは『もったいない精神』が根底にあり、昔からリサイクルに積極的でした。本来であれば食品ロスにおいても削減のマインドを持つ国民性だと確信しています」と吉田氏は強調しました。
CRUSTグループのような企業が増えれば、世界の食品ロス1%削減も大きく前進するでしょう。吉田氏は「もっとアップサイクル市場に参入してくる企業が増えてほしいです。10社あれば世界の食品ロスが10%削減できるかもしれません。競合と捉えるのではなく、われわれのミッション達成のスピードが加速すると思っています」と訴えます。
食品ロスの削減は、食品流通にかかわる企業の努力が不可欠である一方、消費者が食品ロスに対する正しい認識を持たなければ前進は難しいでしょう。日本人のもったいない精神と同社の取り組みが食品ロスの問題にどのように発揮されていくか、今後も目が離せません。
ビール製造工程
*1:2020年版「世界の食料安全保障と栄養の現状」報告書(原題:2020 The State of Food Security and Nutrition in the World)より
https://www.env.go.jp/press/109519.html
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2010/spe1_01.html
(外部リンク)
CRUST JAPAN株式会社
https://www.crust-group.com/ (外部リンク)
ゼネラルマネジャー / 吉田 紘規 氏